「……出す、で」
都内のビジネスホテル。
千堂の掠れた声を聞きながら、一歩はくぐもった声を上げた。
大きく脚を開かされ、覆いかぶさる自分より少し大きな身体に体重を掛けられ苦しそうにしているが、肩に必死でしがみつくその顔は『気持ち良い』と雄弁に語っている。
前回会ってから六週間たつ。
何時もならばハードな練習に身を投じているが故にあっという間に過ぎてしまうであろう時間も、大阪と東京という何ともし難い距離に阻まれる歯痒い恋路を歩む二人にとって、もはやそれは気の遠くなるような年月にも感じられた。
だから尚のこと感じてしまうのだろう。
心も身体も乾ききっている。
会いたかったと全身で伝え合う。
お互いの一番敏感なところで感じあって、二人は何度かの絶頂を迎えた。
一歩の秘所は何度も中で出されたおかげか、千堂のモノでどろどろだ。
「っはー…もうアカン。一滴も出そうに無いわ」
「…これ以上は勘弁してください」
「せやなあ、久しぶりすぎて記録更新してしもたしな」
「それより明日過ごせる時間が減っちゃうのが…勿体無いですから」
「それ言うたらこうしてキサマを抱けるのも、また長い間おあずけになるんやで。ワイはそっちのが勿体のうてしゃあないわ」
せいせいと息を荒げる一歩の中に未だ居座り続けながら、肩口に顔をうずめたままイタズラ猫のような仕草で、けらけらと千堂が笑う。
疲労と多幸感の中とろとろと眠気に襲われ始めた一歩は、少しばかり呆れながらもすぐ横にある癖っ毛に幸せそうに顔をうずめて微笑った。
ようやく訪れたつかの間の休日。
今回もお互いが取れる時間は二日と決まっていた。
少しの時間も無駄にはしたく無いと、千堂は昨晩東京へ到着。
そのまま幕之内家に一泊、今日は朝から二人で鎌倉へ行く計画だった。
一歩は学生の頃修学旅行で一度訪れたことがある地であったが、あの頃は学校で組まされた班でテーマを決められ、はたまた有名な神社や決められたチェックポイントを巡るコースを淡々と回っていただけだったので、あまり強烈な印象を残すところではなかった。
しかしこの歳になって歩いてみる鎌倉は、一つ道を入っただけであちこちに面白い店があったり、おしゃれなカフェがあったり…。
退屈だと思っていた歴史スポットも何だか新鮮に見え、改めて知る鎌倉の良さにすっかり感動してしまった。
賑やかな大阪にいる上に、お隣の京都や沢村のいる名古屋に何度も行ったことのあるであろう千堂が退屈しないか心配していたが、意外にも(と、思ってしまったのは内緒だが)和とモダンを兼ね備えた独特の雰囲気を持つ古都を気に入っている様子だったので「来てよかった」と素直に思う。
時間が穏やかに過ぎていくようで和やかな気分に浸っていたら、やはり「来て正解やったな」とはにかまれて、一歩は緩んだ顔で「また来ましょうか」と言った。
あのたゆたう様な時間はどこへ行ってしまったのだろう。
数時間後にはこうしてベッドの上で啼かされているのだから堪らない。
やっと終わった激動の余韻に浸りながら、もうすぐ朝になってしまう時間を憂いで一歩は
備え付けの時計を控えめに睨んでみた。
「何見とんの。ごっつい顔しよってからに」
「時間が…その、止まればいいなって」
「ほう、そりゃええな。時間気にせんでずーっと幕之内ん中おれるンやったら」
「え、えっちなことばかりじゃないですか!さっきから!」
「ワレかて好きモンのくせして」
「な!」
「もっともっと言うてたんはどの口やねん」
「…う、」
「この口か?…あ、いやこっちかいな」
「う、わ!」
「よーく銜えとるなあ」
「っていうか、いい加減出ていって下さいよ…!」
繋がったままの秘所を再び暴かれて恥ずかしいことこの上ない。
羞恥のあまり堪らず一歩の抗議の声が上がるが「イヤや」の一言で一蹴されてしまった。
「いっそ一眠りして、んで朝起きてもっかいヤんのはどや」
「…そんなにされたら赤ちゃんができちゃいますよ」
あまりに幸せな気分だったためか、それとも散々からかわれたことに対する嫌味なのか。
自然とこぼれた珍しい一歩の冗談に千堂は一瞬目を見張った。
同時に「しまった」と一歩は顔をこわばらせる。
何て自分は墓穴を掘るのが得意なのだろう。
ベッドの中に潜り込んで、これから来るであろう揶揄の嵐をやりすごそうとカメ作戦を実行しようとしたがもう遅い。
何時もだったら「何言ってるんですか」と顔を赤くしてさっさと寝てしまう初心な恋人の意外な一言に目を輝かせた千堂は、意気揚々とその冗談に乗ってきたのだ。
にたにたしながら両手を片手で纏め上げられた上に、もう片方の手でがっちり顔まで押さえられてしまった。勿論まだ身体は繋がったままだ。
「なんや、ワイとの子供産んでくれるちゅうんか幕之内」
「じょ、冗談ですよ!決まってるじゃないですか」
「うわあーごっつ楽しみやなぁ。ワイのおとんデビューも近いで」
「もう、話を引っ張らないで下さいよ!」
困り果てる一歩をよそにどんどん話は大きくなっていく。
「やっぱここは女の子がええやろ。男だらけの家庭に華をそえな」
「…い、意外ですね」
話がエスカレートすることを望まず、だんまりを決め込むつもりでいたが、
あまりに意外な千堂の言葉に思わず返事をしてしまった。
真っ先に男児が欲しいと言い出すと思っていたのに…
「あ、でも男ん方も頼むで。やっぱボクシングやらせたいやろ」
(……結局一人ずつ欲しいんじゃないのか)
「強うなるで、きっと。何せワイと幕之内のガキやで。サラブレッドやん」
「極端に偏りそうですけどね…」
「それがエエんやないか!パーツはそうやな、上半身がワイ似で下半身はキサマのや。ごっついインファイターの出来上がりや」
「そんな、プラモデルじゃないんだから」
呆れつつも一歩も何時の間にか千堂の『しあわせ家族計画』に参加している。
語っている本人が楽しそうなので、そのまま話を進めさせることにした。
女の子は一歩に似たぷっくり、おっとりしたのが良いと言う。
「女の子だったら父親に似るほうが幸せになりますよ」と一歩は言うが、自分のような気性と強面を持ち合わせる娘なんぞ持ったら、将来どうなるか分かったもんじゃないと身を震わせる。
特に、親に対しても異性に対しても敏感になる思春期には、きっと生きた心地がしないだろうと。『洗濯物は別にしろ』『あっちへ行け』と罵られるに決まっていると、よく聞くステレオタイプを想像して千堂はまたも身悶えた。
「じゃあせめて二人とも逆の方に似ないように祈るしかないですね」とのんびり答えると、「まぁそれでも命一杯可愛がったるけどな」と千堂が笑う。
他愛もない会話だ。
けれどそれが酷く二人を甘い気分にさせている。
とりわけ千堂は両親共を早くに亡くしているので、もし本当に子供でも出来れば、自分が味わえなかった分の愛情を惜しみなく注ぎ込むだろう。
本人は一歩に産ませる気満々なので『おかん』のポジションに甘んじることにはしたが、『もしも』の対象に注ぐであろう気持ちは自分も同じだ。
自分達は分かち合えるもので満たされている。
もしも
もしも千堂と―――…
永遠に来ることのないであろう未来を想い、一歩はそっと目を閉じた。
「なんや…眠とおなったか」
「……少し」
そう言った一歩の顔は、どこか寂しそうだった。
どんなに願っても。
『もしも』の話をすればする程、この関係でさえ永遠では無いような気がしてしまう。
そんなことを言ったら千堂は怒るだろうけれど…
幸せを願えば願うほど、どうしようもなく切ない気持ちがこみ上げてくる。
終わりのことばかりが頭をよぎってしまう。
その気持ちを察したように、一歩の頬に千堂が柔く口付けを落とした。
「まあ…あんま無理しよると母体にも悪いしなぁ」
「はは……」
「そないな顔しとらんと。エエ夢見せたるさかい…早う寝てまえ」
「……はい」
そういうと一歩は千堂の頚元に身体をよせて眠り始めた。
やがて規則的な寝息が聞こえてくると、身の内に溜め込んだ切なさごと引きずり出すように、千堂はそっと恋人から身体を離した。
明けの明星が別れの日を告げるように二人を見ていた。
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イポに「赤ちゃんが出来ちゃいます」って言わせたくて書いた話(何だそれ!)
ホントはさ!「男の子と女の子どっちがいいですかエヘヘ」って感じに幸せな終わりにしたかったのにさ…!!!
イメージボード的な何か.
![senichi15.jpg](http://blog.cnobi.jp/v1/blog/user/4fa2a0ac4aa0dfe06fb6f5e97351c233/1251973653?w=150&h=95)
幸せそうです。
なのに本編のこのギャップと来たら…!!!!orz
最近おバカな千一妄想ばかりしていたから反動でこうなったんだ…きっとそうだ。
でも不安を抱えつつ、不安定な状態で支えあいながら遠恋してる千一萌え。
千堂さんがああみえて一歩より余計不安になってたらもっと萌え。
でも二人の子供は生まれているんだと思います。
強さを求めて自分自身のために戦っている二人の戦いを見て、何かを感じた人たちの中に。
そういった人たちの中で彼らの遺伝子は生きていくんじゃないかと…。
あー鎌倉行きたい。
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